「なつぞら」ネタバレ26週・最終回まで一気公開中!〉〉〉

なつぞらネタバレあらすじ感想12週67話【6月17日】

 

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NHK朝ドラ「なつぞら」
ネタバレあらすじ感想12週67話
2019年6月17日(月)放送
なつぞら第12週テーマ「なつよ、千遥のためにつくれ」

なつぞらネタバレあらすじ感想・最終回まで!12週67話

昭和32年(1957年)8月15日

妹・千遥に会うために、船橋の川谷幸一の住所をたずねたなつと咲太郎。

「千遥なの?」

なつに声をかけられた少女は、「私は、違います」と否定した。

千遥ではなかったが、千遥を知っている様子だった。

「千遥の姉と兄」だと告げると、一緒にいた幸一が二人を自宅に招き入れた。

川谷幸一宅にて・・・ 

なつたちの母親と、仲のよかったいとこの『川谷とし』は2年前に病気で亡くなっていた。

少女は、川谷夫妻の末娘・幸子と名乗った。千遥の2つ上、19才だという。

なつは、今までのお礼を言い、千遥の居場所をたずねた。

すると幸一は「いないんです。許してください」と手を床につけ、頭を下げた。

困惑するなつと咲太郎。

「家出をしたんです」重い口を開くように、幸一は言った。

家出をしたのは昭和21年の夏で、警察にも届けたが見つからず、咲太郎の居る孤児院にも行ったが、咲太郎もなつもいなかったと釈明した。

動揺を隠せない咲太郎。

「なつの住所の書いた手紙があったはずだ」と、思い出したように幸一を問い詰めた。

その手紙を千遥が持って出たので、いずれなつや咲太郎に会えるだろうと一縷の望みを抱いていたと、幸一は申し訳なさそうに言う。

「私や兄に会いたくて、家出したんですよね?」と、なつが確認するようにたずねると、幸一と幸子の表情がさらに曇った。

そして、娘・幸子が驚くべきことを口にした。

母・としが千遥にきつくあたって、我慢しきれなくなって千遥は逃げ出したというのでした。

「おばさんはそんな人じゃなかった」と、信じられない様子の咲太郎。

幸一は、自分の身体が不自由で、子供を抱え、食べ物も働きてもいなくなり家内は変わってしまったと事情を話した。

千遥は嫌なことがあっても作り笑いでこらえていたが、としは余計にイライラして、きつくあたっていたらしい。

「ごめんなさい私たちのせいなんです」と、幸子と幸一は深く頭を下げた。

なつはあまりの衝撃に、涙をこらえきれずに部屋を飛び出した。

咲太郎が追うように表に出ると、なつは座り込んでただ泣き続けるのでした。

『風車』にて・・・ 

亜矢美と信哉が、前祝いの乾杯をしながら二人を待っていた。

そこに、暗い表情の咲太郎が帰ってきた。

「千遥は子供の頃に家出した」と報告すると、二人はうろたえた。

なつの落ち込みようは、誰の目にも明らかだった。

そんななつを、咲太郎たちは励まし勇気づけるが、なつの心にそれを受け入れる余地はなかった。

「私は何も知らないまま今まで生きてた。千遥の悲しみや絶望を知らないまま幸せに…」と言うと、自分を責め部屋にこもった。

自室にて・・・ 

部屋には、なつの二十歳の誕生日を祝う、富士子と剛男からの手紙とプレゼントが置いてあった。

8月15日、今日はなつの誕生日だったのです。

手紙を読み、一瞬の幸福を感じるなつ。

そして、「千遥、ごめんね」と涙を浮かべつぶやきました。

なつは、妹・千遥の境遇を思い、その悲痛に顔をゆがめるのでした・・・

◇なつぞらの出演者「モデル一覧」はコチラ>>

◇13週「雪月が大ピンチ」あらすじはコチラ>>

 

なつぞら 感想・最終回まで!12週67話

◀66話 | 68話▶

なつと咲太郎の父(ナレーターのウッチャン)が言った「なんてつらい日だ」が、心にしみます・・・。

私たち『朝ドラ♪ランド♬』のスタッフたちも、皆一様にいたたまれない気持ちに包まれました。

なつの、記念すべき二十歳の誕生日が、こんな日になるなんて・・・。

亜矢美さんに巡り合えた咲太郎と、柴田家に引き取られたなつ。

自分達がどれほど幸せなのかと、二人は実感したのではないでしょうか。

なつと千遥が入れ替わっていたとしても、おかしくないことですものね・・・。

千遥が、心ある人に保護されて育っていることを祈るばかりです。

咲太郎の言うとおり、奇跡を信じましょう。

全国で約12万3000人? 戦争孤児とは?

大人ですら生きるのが容易でなかった時代に、戦争孤児はどのように生き抜いてきたのでしょうか?

戦争孤児とは、戦争によって保護者である親や家族を失った子どもたちを指します。

咲太郎、なつ、千遥、そして信哉の4人は戦争孤児です。

昭和20年(1945年)の厚生省調査発表によると、太平洋戦争での戦争孤児の数は、全国で約12万3000人が存在したそうです。

戦争孤児は、なぜ生まれたのか?

それは、都市圏を中心に、空襲爆撃によって多くの死者が出ました。

なつたちのように、子どもだけが生き残ったパターン。

そして、集団疎開で子どもは生き延びたが、都市部に残った親が空襲で亡くなってしまい、戦争孤児になったパターンです。

今のような連絡手段もないため、生き別れになった場合も多数いたようです。

親類や知人に引き取られて、実の親子同様に育てられた子どもたちが多かった一方で、目に余るほどの差別や冷遇されたり、中には売り飛ばされることもあったそうです。

火垂るの墓の姉妹も浮浪児

そして戦争孤児が、誰にも保護されずに子どもだけで、外で暮らしていたのが「浮浪児」と呼ばれていました。

発展登場国などに存在する、ストリートチルドレンですね。

咲太郎、なつ、千遥、信哉は、まさに浮浪児でした。

当時の上野駅の地下道には、1000人もの浮浪児たちが暮らしていたそうです。

なつたちのように、靴磨きなどして少ない収入ながらも、たくましく生きている浮浪児がいる一方で、犯罪に手を染める子ども少なくなかったようです。

世間からは、厄介者扱いにされ、野良犬と同等に見られていたとも。

当然ながら、栄養失調などによる病死、餓死、凍死、事故死などたくさんの死者が出ました。

アメリカ占領軍からの「目障りだから一掃せよ」という鶴の一声があり、警察などが「刈り込み」と称して浮浪児を一斉に捕まえて孤児院などに送り込んでいたそうです。

なつたちも、まさにそうでしたよね。

しかし、「狩り込み」をしても浮浪児が減らずに、むしろ増えていく現象が。

なぜならば、親戚や養子先、施設を逃げ出す子が後をたたず、浮浪児になっていくループが繰り返されました。

まさに戦争が生んだ悲劇です。

戦争孤児から浮浪児になった兄妹を描いた、アニメ映画「火垂るの墓」(1988年・スタジオジブリ制作・高畑勲監督作品)を見ると、言いようのない気持ちになります。

第67話はいかがだったでしょうか。
振り出しに戻った千遥探し。とにもかくにも、千遥の無事を祈りましょう。
そして、なっちゃん頑張れ!

ではでは
朝ドラ♪ランド♬一同

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