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【なつぞら】モデルは誰?露木重彦(木下ほうか)のモデルとは

『なつぞら』でなつが勤務する『東洋動画』の映画監督が露木重彦(つゆきしげひこ)です。

『東洋動画』のモデルは、『東映動画』(現・東映アニメーション)であることは周知の事実です。

そこで、露木のモデルになった人物もそこに存在するのでは?と思い調べてみたところ、日本アニメの黎明期を支えた人物が浮上してきました。

果たして露木のモデルになった人物とはどんな方なのでしょうか?

 

【なつぞら】露木重彦のモデルは誰?リアル『白蛇伝』の監督は藪下泰司さん!

 露木重彦役は木下ほうかさんが演じており、第10週でなつの採用を検討するシーンで、『白蛇姫』の映画監督として初登場しました。

『白蛇姫』は、実際に『東映動画』が1958年に制作した『白蛇伝』がモチーフになった漫画映画です。

このことから、『白蛇伝』の監督・演出・脚本まで手掛けた薮下泰司(やぶしたたいじ)さんが、露木重彦のモデルではないかと言われています。

では早速、薮下氏に関して紐解いてまいりましょう。

 

 

【なつぞら】露木重彦のモデルは誰?薮下泰司さんのプロフィール紹介!

露木重彦のモデルとなった藪下泰司さんは、日本でアニメの黎明期に監督から演出、脚本までこなし、日本アニメを支えた人物の1人です。

出身地はあの人物と同じ

 藪下さんは明治36年、大阪府北河内郡四条村の生まれです。

四条村は現在では大東市となっていて、なんと『なつぞら』で露木重彦を演じる木下ほうかさんの出身地でもあります。

モデルになった人物と、それを演じる俳優の2人の間には、出身地が同じという共通点があったんですね。

文部省で記録映画を制作

藪下さんは東京美術学校(現・東京芸術大学)の写真科を卒業後、松竹株式会社撮影所へ入社、現像部でフィルム多色処理の研究をしていました。

そして昭和2年、文部省の教育映画の嘱託となり、ドイツの巨大飛行船、ツェッペリン号が飛来した際の無声記録短編映画などを制作します。

短編アニメを演出

 昭和19年に召集されて太平洋のミンダナオ島へ派遣されますが、終戦を迎えた翌年の昭和21年には復員、その翌年『日本動画株式会社(日動)』に入社します。

さらに、戦後初めてのアニメーション作品の制作に参加します。

日動が買収され『東映動画』となったのち、長編アニメ制作のための手慣らしとして作られた、短編アニメ映画『こねこのらくがき』の演出を手がけました。

『白蛇伝』の監督・演出・脚本を手がける

藪下さんは、日本初の長篇カラーアニメーションである『白蛇伝』の監督・演出・脚本を務め、昭和33年ついに完成させます。

『白蛇伝』は第9回ベルリン市民文化賞やベニス児童映画祭グランプリなど海外でも高い評価を受け、映画の興行としても国内はもちろん、海外にも輸出され大成功を収めます。

それ以降、『東映動画』黎明期のアニメーション長篇作品の演出を連続して担い、『少年猿飛佐助』『西遊記』『安寿と厨子王丸』など数々のヒット作を手がけました。

藪下さんは東映を退社後も後進の指導を精力的に行い、日本アニメーション界の土台を作った、まさに草分け的存在と言えます。

ちなみに、映画監督の高橋玄氏は、藪下さんのお孫さんです。

 

 

【なつぞら】モデルは誰?露木重彦のモデルまとめ

日本のアニメの黎明期を支えた、藪下泰司さんのプロフィールの一部を紹介いたしました。

『白蛇伝』を大ヒットに導いた藪下さんの手腕は、確かに『なつぞら』の露木と重なりますね。

露木は、これまで実写畑専門でアニメ制作の経験がなく、試行錯誤を繰り返しながらも『白蛇姫』を作り上げていくという設定です。

対して実際の藪下さんは『白蛇伝』の前にすでに短編アニメ映画『こねこのらくがき』の演出という経験がありました。

露木がどのように『白蛇姫』をまとめあげていくのか、また、その後の展開も含め、日本アニメ映画界の草創期のエピソードにも興味津々です。ではでは✋

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