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【エール】朝ドラのモデル権藤茂兵衛「風間杜夫」演|武藤茂平さんとは?

エール キャスト 茂兵衛 風間杜夫

今回の朝の連ドラ102作目は「エール」です!

登場人物の中には『主人公の古山裕一の伯父』として、銀行経営者の「権藤茂兵衛(ごんどうもへい)」という人物が出てきます。

実は、裕而さんにも銀行を経営していた伯父「武藤茂平(むとうもへい)」さんという人物がいました。

裕而さんは、一時期その銀行に勤務していました。

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【エール】のモデル権藤茂兵衛「風間杜夫」演|武藤茂平さんのプロフィール

では『武藤茂平さん』とは、いったいどんな人物だったのでしょうか?

早速ひも解いてみますね。♬

福島屈指の資産家

武藤茂平さんは1872年(明治5年)生まれ。

茂平さんと、その妹であるヒサさんが生まれた武藤家は福島では大変な資産家でした。

その地域の筆頭地主だったのです。

自宅からみえる土地は全て武藤家の所有地だったとか。

父の名は同じく「武藤茂平(むとうもへい)」さん。

父と子の名前が同じ?と頭が混乱するかもしれませんが、武藤家では、当主になると「茂平」を襲名していたのです。

武藤茂平さんの元の名は「武藤一郎(むとういちろう)」さんでした。

武藤家は味噌や醤油の醸造をする『ちりめん屋』など、複数の店を経営していました。

川俣銀行頭取として

妹のヒサさんは、同じ福島市の裕福な呉服問屋『喜多三(きたさん)』の八代目・古関三郎次(こせきさぶろうじ)さんに嫁ぎます。

この、ヒサさんと三郎次さんとの間に生まれたのが、主人公のモデルとなっている古関裕而(こせきゆうじ)さんです。

茂平さんは実家を継ぎながら、様々な事業に手を広げていました。

その一つが『川俣銀行(かわまたぎんこう)』の経営です。

明治時代の銀行イメージ

妹・ヒサの息子である古関裕而さんが、『福島商業学校』を卒業後仕事に就かないのをみかねて、自分が頭取をしている『川俣銀行』に就職させます。

裕而さんが上京するまでの2年間、伯父として面倒を見たのでした。

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【エール】権藤茂兵衛のモデルさん|川俣町の大地主で実業家

茂平さんは単に「裕福な事業家」「地方銀行の頭取」だけではありません。

実は、福島県伊達郡川俣町の経済発展を語る上で、欠かすことができない実業家でした。

 福島県川俣町の大実業家

歴任してきた職業をいくつか列挙するだけでも、金融機関である川俣永続社(かわまたえいぞくしゃ、後の川俣銀行)専務取締役、福島商業銀行、川俣ホテル、川俣委託各取締役、川俣電機株式会社監査役など、川俣町で様々な事業に関わっていました。

その影響力を見込まれ『町会議員』にもなっていますし、多額納税者として、なんと帝国議会(現在の国会に相当)の『貴族院議員』に選ばれたこともあるくらいです。

貴族院議場

また、奥様である「ゆき」さんは、愛知県出身の士族の出身です。

当時、平民である茂平さんが『士族』と結婚できたことは、茂平さんの資産家・実業家としての成功を伺わせます。

川俣町の経済発展に貢献

実業家として、資産家として、茂平さんは川俣町の経済発展に寄与しました。

例えば1907年(明治40年)に創立した『川俣電気株式会社』は、当時としては最先端の力織機(りきしょっき、電気を使った織機)を導入しました。

その真意がわからずほとんど参加するものがいない中、茂平さんはこの会社の取締役になっています。

川俣町は生糸と羽二重と呼ばれる上質な絹織物の生産が主な産業でした。

絹問屋のイメージ

1911年(明治44年)には絹織物・生糸の委託販売などを請け負う『川俣委託株式会社(かわまたいたくかぶしきがいしゃ)』の設立にも関わり、後には社長に就任しています。

この会社は、関係する小規模事業主に『貸し付け』も行い、当時の川俣町の経済振興に繋がりました。

また、川俣町初の産業組合『有限責任 川俣購買生産信用組合(ゆうげんせきにん かわまたこうばいせいさんしんようくみあい)』の設立にも、出資者として関わっています。

川俣町の、大から小まで様々な事業に出資したり、経営に関わったり。

先見の明と実行力で地域に貢献した人物として高く評価されています。

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【エール】朝ドラのモデル権藤茂兵衛「風間杜夫」演|武藤茂平さんまとめ

古関裕而さんの伯父、武藤茂平さんの人生をひも解いてみました。

さすが川俣で一番の地主であり実業家、すごい経歴ですね!

そんな茂平さんだからこそ、音楽が好きな甥である裕而さんを雇い入れ、好きな音楽を勉強することを黙認していたのでしょう。

裕而さんが上京後には、裕而さんの自伝にもほとんど登場しません。

川俣銀行は1939年には『郡山商業銀行』に買収され、その後『東邦銀行』に吸収合併されています。

1921年建設・郡山商業銀行

輸出までしていた生糸と絹織物の生産も、ナイロンの登場で廃れてしまいます。

変わっていく川俣町と、裕而さんの活躍をどう見ていたのか。

風間杜夫さんの『茂兵衛』に大注目です。

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