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【エール】朝ドラネタバレあらすじ8週『紺碧の空』|早稲田大学応援歌が完成!スランプ脱出の理由とは?

エール朝ドラネタバレあらすじ8週
「紺碧の空」

今週は裕一の飛躍のきっかけとなる週です。エール・ネタバレあらすじ8週の展開はいかに?!

『エール』朝ドラネタバレあらすじ8予告|5月18日~5月22日

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週刊ネタバレ予告情報をお届けしています。【各話ネタバレ】もお楽しみください。

エール・朝ドラネタバレあらすじ第8週の予告

作曲依頼・・・

裕一のもとへ、早稲田大学応援部の団長・田中隆(たなかたけし)と名乗る男がたずねてきました。

こんなシーンから、【エール】ネタバレあらすじ8週は始まります。

田中団長は、ライバルの慶應義塾に勝つために、新しい応援歌が必要と考えていました。

若い作曲家を探していた時に、団員のいとこの久志から、裕一を紹介されたのです。

田中団長は、新しい応援歌『紺碧の空』に曲を付けてほしいと頭を下げました。

気が進まない裕一は断ります。

しかし、早稲田の第一応援歌は、尊敬する作曲家・小山田耕三が作ったと聞いて、心が動くのでした・・・

スランプ・・・

裕一は、作曲を引き受けたものの、全く進みません。

音や、喫茶『バンブー』のマスターに指摘を受けても聞く耳を持ちません。

挙句の果てには、『交響曲』を書き上げ、才能を示したくて小山田に見せに行きました。

自信作でしたが、小山田は見向きもしませんでした。

「音、もうダメだ・・・」

その夜、裕一は、音のもとですすり泣きするのでした・・・

早慶戦まであと3日・・・

曲が完成しないため、応援団員たちが裕一の家に押しかけました。

「僕は書けない。ほかの人に頼んでください・・・」

裕一は投げ出そうとします。

田中団長は裕一の歌が必要だと訴え続けました。

しかし、裕一は、応援歌は関係ないと言うと「弱いから負ける。自分も同じだ」と冷たく言い放ちます。

何とかしようと必死に考えた音は、豊橋へ帰るのでした・・・

早慶戦まであと1日・・・

曲は、まだ手付かずです。

豊橋の実家でヒントをつかんだ音が、東京に戻りました。

「あなたしかいない!」

音は、田中団長に、裕一の心を動かしていてほしいと説得しました。

田中団長の熱い思いを聞いた裕一は、小学校の運動会で転んだ時に、ハーモニカの音色に励まされたことを思い出します。

裕一は、自分ばかり見ていたことを反省します。

そして、あっという間に応援歌を書き上げてしまうのでした・・・

目が覚めた裕一・・・

応援歌のおかげもあり、早稲田は慶応に勝利しました。

合唱の指導をした裕一も、スタンドで勝利を見届けると喜びを爆発させました。

「先生のおかげです!」

田中団長と応援団員たちは感謝すると「フレ!フレ!」と裕一と音にエールを送ります。

「目が覚めました・・・」そして、救われたのは自分の方だと、裕一は皆に感謝するのでした・・・

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『エール』朝ドラネタバレあらすじ8予告・まとめ

今も歌い継がれる『紺碧の空』


▲早大応援部による『紺碧の空』

第8週を通して描かれる『紺碧の空』は、早稲田大学と同校の附属高校で親しまれる応援歌です。

早稲田大学の校歌『都の西北』とセットで、様々な場面で歌われる曲なんだそうですよ。

裕一くんのモデル・古関裕而さんによって1931年(昭和6年)6月に完成して以来、学生が肩を組んで歌う光景は受け継がれてきました。

2020年で89年が経ちますが、色褪せることない名曲と言われています。

ドラマでも描かれますが『紺碧の空』は、宿敵・慶應義塾大学の応援歌『若き血』に対抗するために作られたものです。

今でも『早慶戦』が異様な盛り上がりを見せるのは、積み重ねられてきた歴史の証ということですね。

なお、早稲田の学生はもちろん、OBや関係者など、この曲が流れると体が熱くなる人が多いのだそうですよ。

この歌を歌うために、早稲田に進学する人もいると言われているほどとか。

とにかく、早稲田の学生のプライドが詰まっている、かけがえのない大切な一曲のようです。

そして、古関裕而さんは『紺碧の空』を作曲したことで、その名を一気に知られるようになったそうです。

有名大学とはいえ、大学の応援歌だけで有名になるのかと不思議に思ってしまいますよね。

でも、昭和初期には注目を集めるスポーツがほかに無かったため、『早慶戦』は日本中の注目が集めるコンテンツだったそうです。

中継のラジオから、早稲田の勝利と『紺碧の空』が日本中に届きました。

『紺碧の空』で注目が集まった古関さんは、応援歌や行進曲の依頼がくるようになり、1964年東京五輪の『オリンピックマーチ』に繋がっていくようになります。

なお、古関さんは、その後も早稲田大学の応援歌を5~6曲ほど作っているそうです。

それらの功績によって、1976年(昭和51年)には、早稲田大学大隈庭園内に『紺碧の空』の記念碑が建立されています。

第8週で、成長をみせる裕一くん。

スランプを乗り越えて作った『紺碧の空』を足掛かりに、本格的にプロの作曲家に仲間入りしそうです~♪

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◆【エール】は志村けんさんの遺作!いつまで登場する?▶

◀7週9週▶

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