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「とと姉ちゃん」三女・小橋美子のモデル大橋芳子さんとは

 

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三女・小橋美子(こはし よしこ)とは

小橋家の三姉妹の末娘。美子(幼女期・川上凜子/少女期・根岸姫奈/9週から杉咲花)は、姉の常子(つねこ)や鞠子(まりこ)とは歳が離れている為、常子にとっては、妹というよりも娘のような存在でもあります。

しかし、それが原因となり、常子とは激しくぶつかり合う事もしばしばでした。さらに、姉達がケンカしていても自分は上手くかわす、そんな要領の良さも持っています。

雑誌「あなたの暮し」では、ファッションに関心を持っていた事から、衣装の仕事に携わる事になります。
 

美子のモデル・大橋芳子さんとは

大橋芳子(よしこ)さんは、1925年(大正14年)頃、父親の転勤先だった北海道・虻田で、大橋家の三女として誕生しました。

芳子さんが生まれた後に、父は肺結核に感染してしまいます。その療養の為、父は会社を辞め、大橋家は一家で東京へ帰る事に。そこからは東京や鎌倉、大森の療養所を転々とし、その後は東京・大井町に住む事になったようです。

しかし、父の病が治る事はなく、若くして亡くなります。
その後、一家の大黒柱を失った大橋家は、貧しいながらも何とか生活していったようです。

終戦間もない頃、姉・鎮子(しずこ)達が「衣装研究所」という出版社を立ち上げ、雑誌「スタイルブック」を出版する事が決定します。

芳子さんも、この時のメンバーの一人として、姉達を助けます。
その後に創刊した雑誌「美しい暮しの手帖」では、鎮子と共に原稿を依頼する仕事に携わったとされています。

「美しい暮しの手帖」がまだ世間にあまり認知されていなかった為、なかなか原稿を書いてもらえないという事もあったようです。しかし、芳子さんは持ち前の粘り強さを発揮し、何度も頼み込み、きっちり原稿を書いてもらっていたそうです。

姉・鎮子さんと同じく、彼女もパワフルな女性だったのでしょうか。また、生活の中での様々な工夫を書いた雑誌の人気記事「エプロンメモ」は、芳子さんが手掛けたと言われています。

芳子さんには結婚歴が無く、生涯独身だったようです。
2014年10月21日、89歳の時に老衰で亡くなったそうで、葬儀では、姉の晴子さんが喪主を務めました。芳子さんは亡くなるまで「暮しの手帖社」の取締役を務めたとされています。
 
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