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【おちょやん】キャスト当郎(あたろう)役|モデルは花菱アチャコ!塚地武雅さんが熱演!

朝ドラ【おちょやん】キャスト・花車当郎(はなぐるま あたろう)役で、塚地武雅(つかじむが)さんが出演します。

塚地さんが演じるしゃべくり漫才師・当郎のモデルは花菱アチャコさんで、ヒロイン千代を復活させる存在です。

ここでは、【おちょやん】キャスト・当郎の役柄とモデル、塚地武雅さんのプロフィールをご紹介します。

【おちょやん】キャスト当郎(あたろう)役|塚地武雅さんの役柄とは?

塚地武雅の役どころ
花車当郎(はなぐるまあたろう)は、しゃべくり漫才師。

 

戦時中に主人公・千代(杉咲花)と防空壕で偶然に出会います。

当郎と千代は即興で軽妙な掛け合いを繰り広げ、ギスギスとした雰囲気の防空壕に笑顔をもたらしました。

 

戦後、千代とラジオドラマで共演し、伝説を作ります。

(当郎は17週より登場)

花車当郎のモデルは、近代漫才を礎を作ったと言われる伝説のコンビ『横山エンタツ・花菱アチャコ』の花菱アチャコ(はなびしあちゃこ)さんがモデルです。

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【おちょやん】当郎(あたろう)のモデルは花菱アチャコ!

花車当郎(はなぐるまあたろう)のモデルは、戦後の上方喜劇界を代表する漫才師・花菱アチャコ(はなびしあちゃこ)さんです。

花菱アチャコ(はなびしあちゃこ)さん(本名:藤木徳郎さん)は、大正~昭和時代に大活躍した漫才師であり喜劇俳優です。

1897年(明治30年)2月14日に福井県勝山町で生まれ、その後すぐに大阪で暮らしはじめました。

そして、1974年(昭和49年)に77歳でお亡くなりになりました。

漫才で残してきた数々の伝説は、今もなお語り継がれています。

 

アチャコさんは、15歳だった1913年(大正2年)関西新派・山田九州男一座に所属し役者デビュー。

その後、顔が喜劇に向いているというシンプルな理由で、喜劇一座『鬼笑会』に入り、漫才へ転向し才能を開花させていきます。

28歳になる1925年(大正14年)に『吉本興行』に入社し、千藏家今男さんとコンビを組むことになりました。

当時、漫才師投票1位を獲得し、凄まじい勢いで知名度が上昇していきます。

そして、伝説となる横山エンタツさんとのコンビ『エンタツ・アチャコ』を結成しました。

『エンタツ・アチャコ』(左:横山エンタツさん、右:花菱アチャコさん)

『エンタツアチャコ』は現在の漫才のルーツとされ、『吉本興行』の礎を作ったと言われています。

そんなアチャコさんの香りが残る店が大阪にあります。

大阪市中央区高麗橋にある『たこ焼き居酒屋あちゃこ』です。

元々はアチャコさんの妻が経営していた店だそうですが、現在はひ孫さんが経営されているとのこと。

店内にはアチャコさんをしのぶものが飾ってあるそうですよ。

【おちょやん】当郎(あたろう)のモデル・花菱アチャコさん|芸名の由来

芸名『花菱』は、生家の家紋が由来だそうです。

そして、『アチャコ』は、喜劇一座『鬼笑会』時代のあだ名『アチョーン』が転じたといわれています。

当時、アチャコさんは、幕切れに拍子木を打つタイミングをつかめずにいました。

そこで、先輩役者の「アッ!」の掛け声で「チョン!」と打つようになったといわれています。

当初は可愛らしい芸名から、女性だと勘違いされることが多々ありました。

しかし、親しみある芸名は、後に万人に受け入れられることになります。

また芸名の由来では、マメな性格で『あちゃこちゃ動いていた』からという仮説もあります。

動きが特徴的だったこともあり、仮説を信じる人も多くいました。

その他、長崎県の工芸品・古賀人形の一種「あちゃさん」と顔がソックリだったためともいわれています。

【おちょやん】当郎(あたろう)のモデル・花菱アチャコさん|近代漫才のルーツを作る

1925年(大正14年)の時に『吉本興業』に入社したアチャコさん。

その5年後の、33歳時に横山エンタツさんと『エンタツ・アチャコ』のコンビを結成しました。

『エンタツ・アチャコ』(左:花菱アチャコさん、右:横山エンタツさん)

コンビ結成を後押ししたのは、当時の吉本興業・総支配人の林正之助さんでした。

そして、現代に通じる『しゃべくり漫才』を誕生させます。

近代漫才といえば、マイクスタンドの前に立ち、ツッコミやボケをするのが定番です。

しかし、それまでは『しゃべくり漫才』というものがありませんでした。

歌を取り入れ、演芸でみせる『萬歳』が主流だったのです。

そのため、日常会話のような『しゃべり』で漫才を確立した『エンタツ・アチャコ』は、伝説のコンビと言われています。

 

当時、スーツ姿で『キミ』『ボク』といった標準語で漫才をするのは斬新でした。

たちまち話題となり、ラジオで全国放送されるほど有名になっていきます。

流行に敏感な若い世代で評判となり、すぐに世間も受け入れたのです。

特に人気を集めたネタは『早慶戦(そうけいせん)』です。

当時、プロ野球がない時代でしたが、東京六大学野球が話題になったこともあり、ネタに取り入れました。

野球に詳しい人と詳しくない人という設定で、ラジオ実況中継風の演出ネタは全国で大評判となりました。

 

しかし、1934年(昭和13年)、人気絶頂の中、4年4ヶ月の活動期間でコンビを解散することになります。

アチャコさんが中耳炎になり、1ヶ月入院していた期間中のことでした。

吉本興業総支配人・林正之助さんのギャラの配分などを巡り、エンタツさんの不信感が募ったことが原因といわれています。

突然の伝説コンビ解散は、世間を騒がせることになりました。

 

中耳炎も無事治り退院したアチャコさんは、千歳屋今男さんを相方に、新たな道を進み始めます。

また、『アチャコ劇団』も旗揚げし、全国を巡業することになります。

解散後もエンタツさんとは不仲ではなく、映画で共演も果たしています。

【おちょやん】当郎(あたろう)のモデル・花菱アチャコさん|永久契約の特権

戦前、日本を明るく元気にしていた吉本興業ですが、戦争により全てを失います。

終戦を機に、全ての芸人とも契約を解除し、演芸部門も手放すことになりました。

日本から娯楽が失われる危機でもありましたが、例外となったのがアチャコさんです。

 

以前、松竹の新興シネマから引き抜き事件がありました。

当時、吉本興業・総支配人林正之助さんから「一生面倒をみる」という一筆を取っていました。

そのため、アチャコさんが「行く所もおまへん、残しとんなはれ」と懇願したといわれています。

その結果、芸人で唯一、吉本興業に残れることになりました。

吉本興業と契約が継続されたのは異例であり、今までの功績があってのことだったのでしょう。

【おちょやん】当郎(あたろう)のモデル・花菱アチャコさん|浪花千栄子さんとラジオで活躍

戦後、アチャコさんは、NHKでラジオ番組を持つことになります。

アチャコさんと名コンビとなったのが、【おちょやん】のモデル・浪花千栄子さんです。

当時、アチャコさんは笑いだけでなく、涙もある脚本を望み、番組制作にも率先して加わりました。

脚本を見て大ヒットを確信し、母親役にアドリブが上手い女優・浪花千栄子さんを指名します。

大阪弁もアドリブも対応できる浪花千栄子さんは、母親役に適任だと思ったのです。

 

アチャコさんの思いを叶えるために、当時のNHK大阪放送局のプロデューサー・富久進次郎さんは、浪花さんを捜索したそうです。

当時、浪花千栄子さんは離婚して劇団も辞めて傷心の身で、京都で人知れずひっそりと暮らしていました。

富久さんは執念で捜し出し、熱烈なオファーを出しました。

感激した浪花さんは、出演を快諾。

浪花さんは自著『水のように』で、当時の心境を次のように語っています。

「関西の喜劇で、私の相手を選ぶなら、花菱アチャコさんしかいらっしゃらないと心に決めていた私に、そのものズバリ、その機会を与えてくださったのは、この富久さんの好意と熱意です。」と。

きっと、運命を感じたのでしょうね。

名コンビとなった花菱アチャコさん(左)と浪花千栄子さん(右)

1952年(昭和27年)にラジオ放送をスタートした『アチャコ青春手帖』

母と息子の物語は、初回放送から反響を呼び、やがて大ヒットを記録しました。

放送時間になると、大阪では誰もがラジオのスイッチをつけて聴き入ったといわれています。

その結果、5度も映画化されることになりました。

その後、後番組として『アチャコほろにが物語 波を枕に』がスタート。

前作では、アチャコさんが息子役で、浪花さんは母親でしたが、今度は夫婦役になりました。

なんと、2人の親子関係が定着し過ぎたていたため、放送当初は多数のクレームが届いたのだとか。

 

しかし、夫婦役になっても2人のアドリブは健在で、徐々に視聴者も新しい作品を受け入れるようになります。

夫婦役が定着してからは、世間に本当の夫婦だと勘違いされることも増えていきます。

撮影で旅館に行った際は同室を用意されたり、酔っ払いに絡まれた際は即興で夫婦のフリをしたというエピソードも残っているようです。

あまりにも2人のアドリブが自然だったことが、誤解された理由でした。

絶妙な掛け合いは、2人にしか再現できないほど秀逸なものだったようです。

ラジオから映画化される

その後、『お父さんはお人好し』でも再び共演を果たし、長寿番組へと成長していきました。

大人気作品になったことで、斎藤寅次郎監督により映画化もされています。

【おちょやん】当郎(あたろう)のモデル・花菱アチャコさん|衝撃のドケチ伝説!

アチャコさんは、ドケチであったことでも有名です。

大人気漫才師のため、吉本興業でも一番ギャラが高額でした。

しかし、自分では1円も出さないドケチ伝説を持っています。

仲間や弟子の間では、ご馳走してもらった人が1人もいないといわれています。

その結果、10憶円の資産を築いたという噂や、女性に山を買ってプレゼントしたという伝説もあります。

とにかくドケチで有名だったそうですが、気前の良い一面も持ち合わせていたようですね。

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【おちょやん】キャスト当郎(あたろう)役|塚地武雅さんのプロフィール

塚地武雅(つかじ むが)さんは、

塚地武雅(つかじむが)さんは、1971年11月25日生まれで、2021年に50歳となります。

出身地は、泉南郡阪南町(現・阪南市)で、所属事務所は『プロダクション人力舎』

同事務所には、オアシズやおぎやはぎ、アンタッチャブルなど有名なお笑い芸人の方が多数所属しています。

そんな塚地さんは、相方の鈴木拓さんとお笑いコンビ『ドランクドラゴン』として活動しながら、俳優としても活躍しています。

【おちょやん】当郎(あたろう)役・塚地武雅さん|一発ギャグと憑依芸人

塚地武雅さんは、人気お笑いコンビのドランクドラゴンでボケ担当で、ネタづくりも全面的にしています。

博識で有名な塚地さんは、その知識を生かした一発ギャグを多数持っています。

一発ギャグは、歌やドラマ・アニメなどさまざまなジャンルのものからヒントを得て作られており、リズミカルなものが多いです。

コントでは、個性的なキャラクターを演じることが多く、憑依芸人と呼ばれるタイプの芸人です。

濃いキャラクターに扮した塚地さんが、さまざまな役を演じ分け、大きな笑いを巻き起こしています。

【おちょやん】当郎(あたろう)役・塚地武雅さん|味のある俳優として引く手あまた

塚地武雅(つかじむが)さんは、芸人としての活動だけではなく、俳優として数多くの映画・テレビドラマにレギュラー出演しています。

多岐に渡り、主演からメインどころの脇役、チョイ役までさまざまに出演。

役の大きさに関係なく味のある演技を見せていると好評です。

2006年に公開された映画『間宮兄弟』で、塚地さんは佐々木蔵之介さんとのダブル主演に抜擢され、間宮兄弟の弟役を演じました。

映画『間宮兄弟』の主演で数多くの賞を受賞

本作で、塚地武雅さんは、毎日映画コンクール、キネマ旬報、ブルーリボン賞三冠映画賞、及び『新人賞』を獲得しました。

その後も、谷原章介さんとともに主演を務めた映画『ハンサム★スーツ』や、ドラマ『裸の大将放浪記 21世紀版』での主演など、数多くの代表作に恵まれており、その演技力には定評があります。

【おちょやん】当郎(あたろう)役・塚地武雅さん|ユーチューバーは断念!

塚地武雅さんは、2018年11月より、ユーチューバー・グラリオサ音子としても活動していました。

グラリオサ音子「ジェンダーレス、エイジレス、体ボンレス」なキャラクターであり、のべ202本の動画を投稿しました。

 

この投稿をInstagramで見る

 

グラリオサ音子(@glariosa_otoko)がシェアした投稿

しかし、2020年12月、グラリオサ音子は、活動休止を発表。

約2年間の活動期間となりましたが、チャンネル登録者数が20万人に達しなかったことを休止理由として挙げました。

 

グラリオサ音子のチャンネル登録者数は8.8万人(2021年2月時点)であり、決して少ないというわけでもないのですが、塚地武雅さんのネームバリューを考えたら、不本意な数字かもしれません。

YouTubeは、配信者の素に近い姿を見せることが喜ばれるメディアだと言われています。

しかし、グラリオサ音子の場合は、別の誰かのコスプレをしていたために、本音を話していたとしてもそれがキャラ設定なのかどうかが視聴者には判別しにくく、なかなか視聴者の心を掴むことができなかったようです。

【おちょやん】当郎(あたろう)役・塚地武雅さん|独身を貫く中で女性の噂は?

塚地武雅さんといえば、アラフィフとなった現在も独身を貫いています。

独身であるだけではなく、女性との熱愛の噂もほとんど出たことがない塚地武雅さんには、女性不信なのではないかという噂があります。

2004年頃、当時は塚地武雅さんは人気お笑い番組『はねるのトびら』のレギュラーメンバーとして出演していました。

番組内で塚地武雅さんは、恋愛系のドッキリを仕掛けられます。

恋愛系ドッキリは、芸人さんに仕掛けられるドッキリとしては、一番あるあるなのですが、塚地武雅さんの場合は、ドッキリに至るまでの経緯がえげつなかったと言われています。

 

ある女性タレントの方に恋をしてしまった塚地武雅さん。

慣れない恋に思い悩んだ塚地武雅さんは、おぎやはぎに恋愛相談をしました。

その話をおもしろがったおぎやはぎは、『はねるのトびら』に、ネタになるのじゃないかと提案。

その結果、塚地武雅さんのデートにカメラが潜入することとなります。

その結果『はねるのトびら』のドッキリ企画として使用されることになりました。

 

この女性タレントはすでに引退されているのですが、彼女もドッキリにはかなりノリノリで塚地武雅さんを騙した様子。

また、話のオチとしては、この女性タレントには彼氏がいたことまで判明してしまいました。

お笑い芸人なら、想定内だろうと思ってしまうかもしれないですが、この一件は、思いのほか塚地武雅さんにトラウマを植え付けたようです。

それ以降、塚地武雅さんは、女性から誘われても、ドッキリを疑うようになってしまい、恋愛に進めなくなってしまったのではと言われています。

塚地武雅さんの出演経歴

NHK朝ドラは、『まれ』(2015年上期)寺岡真人役、『おちょやん』(2020年下期)花車当郎役で2度目の出演となります。

NHK大河ドラマは、『平清盛』(2012年)藤原信頼役、『西郷どん』(2018年)熊吉役に出演。

最近のNHKドラマは、『LIFE!presents 忍べ!右左ヱ門 THE SKY ATTACK』(2019年)瀬尾久秀役、『LIFE!プレゼンツ 夜の連続テレビ小説・うっちゃん』(2020年)に出演。

最近のドラマは、『パパがも一度恋をした』(2020年・フジテレビ)おっさん多恵子役、『ハケンの品格2』(2020年・日本テレビ)宇野一平役、『そのご縁、お届けします〜メルカリであったほんとの話〜』(2020年・TBS)三田史郎役、『作家刑事 毒島真理』(2020年・テレビ東京)只野英郎役で出演。

最近の映画は、『屍人荘の殺人』(2019年)出目飛雄役、『嘘八百 京町ロワイヤル』(2020年)田中四郎役、『樹海村』(2021年)野尻雄二役等に出演しています。

またバラエティ番組、CM、声優等でも活躍中です。

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【おちょやん】キャスト当郎(あたろう)役|モデルは花菱アチャコ!塚地武雅さんが熱演!|まとめ

【おちょやん】キャスト花車当郎(はなぐるまあたろう)を演じる、塚地武雅さんの役柄とプロフィールをご紹介しました。

当郎(あたろう・塚地)は、喜劇女優をやめた千代(杉咲花)が再び世に出ることになるラジオ番組で共演する相手です。

【おちょやん】の最終回に向かって進む物語の後半を盛り上げる重要なキャラクターの一人です。

そんな当郎のモデル・花菱アチャコさんは偉大な芸人であり俳優でした。

モデルと同様に芸人で俳優を両立する塚地武雅さんの演技に注目が集まりそうです~♪

 

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