2023年10月2日(月)放送スタート『ブギウギ』!
ヒロインは趣里(しゅり)さん。
連続テレビ小説109作目『ブギウギ』は、戦後から高度成長期を明るく照らしたスター歌手の物語です。
【直近】のあらすじネタバレはコチラ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
◆1話・10月2日(月)
義理を返すのが人情や!
◆2話・10月3日(火)
親友の恋を応援する鈴子
◆3話・10月4日(水)
卒業後の進路を考える!
◆4話・10月5日(木)
歌うことが好きと気づく
◆5話・10月6日(金)
鈴子が目指すのはUSK
◆6話・10月9日(月)
夢への一歩を踏み出す!
◆7話・10月10日(火)
憧れの礼子と過ごす時間
◆8話・10月11日(水)
互いを意識する新人3人
◆9話・10月12日(木)
苦しむ鈴子に六郎が言う
◆10話・10月13日(金)
鈴子の芸名は福来スズ子
ブギウギ週間ネタバレ7週まで公開中!
NHK朝ドラ【ブギウギ】最終回までの週間ネタバレあらすじ概要をお伝えしています。
第01週|10/02-10/06 第02週|10/09-10/13
第03週|10/16-10/20 第04週|10/23-10/27
第05週|10/30-11/03 第06週|11/06-11/10
第07週|11/13-11/17
「週間あらすじ」では、ネタバレあらすじ概要をお届け中!
「各話あらすじネタバレ」では、詳細ネタバレ予告や感想まとめをお届けです!
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各話あらすじネタバレはコチラ!
朝ドラ【ブギウギ】のネタバレをお届けします。
放送後はフルバージョンを追記をしますので、見逃し時にもご活用ください。
◆1話・10月2日(月)
義理を返すのが人情や!
◆2話・10月3日(火)
親友の恋を応援する鈴子
◆3話・10月4日(水)
卒業後の進路を考える!
◆4話・10月5日(木)
歌うことが好きと気づく
◆5話・10月6日(金)
鈴子が目指すのはUSK
◆6話・10月9日(月)
夢への一歩を踏み出す!
◆7話・10月10日(火)
憧れの礼子と過ごす時間
◆8話・10月11日(水)
互いを意識する新人3人
◆9話・10月12日(木)
苦しむ鈴子に六郎が言う
◆10話・10月13日(金)
鈴子の芸名は福来スズ子
◆11話・10月16日(月)
◆12話・10月17日(火)
◆13話・10月18日(水)
◆14話・10月19日(木)
◆15話・10月20日(金)
◆16話・10月23日(月)
◆17話・10月24日(火)
◆18話・10月25日(水)
◆19話・10月26日(木)
◆20話・10月27日(金)
◆21話・10月30日(月)
◆22話・10月31日(火)
◆23話・11月1日(水)
◆24話・11月2日(木)
◆25話・11月3日(金)
◆26話・11月6日(月)
◆27話・11月7日(火)
◆28話・11月8日(水)
◆29話・11月9日(木)
◆30話・11月10日(金)
◆31話・11月13日(月)
◆32話・11月14日(火)
◆33話・11月15日(水)
◆34話・11月16日(木)
◆35話・11月17日(金)
◆36話・11月20日(月)
◆37話・11月21日(火)
◆38話・11月22日(水)
◆39話・11月23日(木)
◆40話・11月24日(金)
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朝ドラ『ブギウギ』ネタバレ|あらすじ概要
NHK朝ドラ『ブギウギ』は、日本の戦後から高度成長期を波乱万丈の人生とともに駆け抜けたスター歌手、笠置シヅ子(かさぎ しづこ)さんをモデルとした物語です。
ヒロインを演じる趣里さんは、歌手を目指し夢に挑戦する花田鈴子(はなだ すずこ)役を演じます。
鈴子(モデル・笠置シズ子)は、戦中・戦後の混乱を乗り越え、歌と踊りで人々を勇気づけるスター歌手です。
このドラマは、一人の女性の生命感あふれる物語と共に、昭和の激動の時代感や戦後日本のあふれるエネルギーが描かれて行きます。
音楽とともに日本中を明るく照らした彼女の物語に、きっと多くの感動が待っていることでしょう。
花田鈴子(趣里)は、大正時代の終わり頃、大阪の小さな銭湯の娘として育ちます。
鈴子は歌う事が大好きで、町内でも人気者です。
小学校を卒業した後は、大阪・道頓堀にできた歌劇団に入団します。
その劇団で彼女は才能を発揮し、抜群の歌唱力で評価を得て行きます。
やがて昭和13年、鈴子は上京します。
そこで人気作曲家の羽鳥善一(モデル・服部良一)と出会い、鈴子の人生が大きく動き出します。
鈴子は鳥羽(草彅剛)の教えを受けながら「スウィングの女王」と絶賛され人気歌手になっていきます。
ところが、戦争が始まると、鈴子へのまなざしが激変します。
鈴子の曲は『敵性音楽』と非難され、ステージでの歌や踊りが厳しい検閲の対象になってしまいます。
さらに、鈴子の弟も戦地へ駆り出され、母も病気で亡くなってしまいます。
そんな不運が重なる鈴子の前に、ある青年・村山愛助(あいすけ)が現れます。
二人は魅かれあい、やがて結婚を約束するまでにいたります。
しかし、愛助の母親は激しく反対し、結婚はなかなか実現しませんでした。
やがて終戦を迎えますが、その時、鈴子は愛助の子を妊娠していました。
ところが、その直後から愛助と会えない日々が続き、鈴子は苦悩します。
やがて臨月を迎えた鈴子に届いた知らせは、なんと愛助の死亡通知でした。
数日後、鈴子はたった一人で娘を出産するのでした。
その後、鈴子は歌手の引退も考えますが、娘を育てながら舞台で歌う事を選択します。
そんな中、生まれたのが「東京ブギウギ」という歌でした。
戦後の暗い日本に鈴子の歌声が響くと、その歌に合わせて笑顔で歌い踊る人々が日本中に溢れて行きました。
鈴子は『ブギの女王』と言われ、スター歌手へと再び開花して行くのでした。
【作】 足立紳(あだち しん) 櫻井剛(さくらい つよし)
【音楽】 服部隆之(はっとり たかゆき)
【主題歌】「ハッピー☆ブギ」中納良恵 さかいゆう 趣里
【語り】高瀬耕造(NHKアナウンサー)
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朝ドラ『ブギウギ』ネタバレ|あらすじ考察
朝ドラ『ブギウギ』は、史実をもとに作られたオリジナルドラマです。
ここで、史実をどの程度採用するかということになりますが、笠置シヅ子さんの人生は、まさに物語を超えた驚きの出来事の連続でした。
そして、その出来事はどれも見逃したくないほどの事件やゴシップの連続でもあります。
「歌劇団」「スイングの女王」「敵性音楽」「未婚の母」「ブギの女王」「歌う喜劇役者」「美空ひばり事件」「三人娘時代」「歌手廃業」「女優へ」・・・と、気になるキーワードが並びます。
そのどれをとっても、一つのドラマができてしまうほどの興味深い内容です。
そして、当時の興行界・芸能界黎明期の中で、良き人・良き縁を引き寄せたまさに奇跡の人でもあります。
この史実を、いかに朝ドラ風に仕立ててくれるのか、制作陣の奮闘に期待です~♬
大きな流れとしては、
【大阪編(大正~昭和初期)】鈴子(福来スズ子)17歳ころまで。
【東京編1(昭和初期~戦前・戦中)】スズ子人気の光と影。
【東京編2(戦後・高度成長期)】ブギの女王から女優へ。
という構成になるのではと考察します。
このスタート時の【大阪編】を和ませてくれるのが『はな湯』とその常連客のカラミですね。
中でも花田家は、絵に描いたような大阪・下町気質の見本のような家族。
道楽者の夫とそれを笑い飛ばして家業を守る妻。
そんな中で我がヒロイン・鈴子はのびのびと育ちます。
さらに、弟・六郎が可愛いボケで私たちを楽しませてくれることでしょう。
そして、『梅丸少女歌劇団(USK)』と、そのメンバーが【大阪編】の核になると共に、【東京編】への重要な橋渡しとなります。
『ブギウギ』は昭和初期、戦前戦後、高度成長期と朝ドラでも最も多く描かれたテーマの一つです。
その中でこの家族がどう生きてゆくのか、朝にはきびしいテーマも描かれることでしょう。
さて、まずはお約束通り第1週目はヒロインの幼少期からのスタートです。
鈴子役の澤井梨丘さん、六郎役の股野暁仁くんに注目ですね。
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朝ドラ『ブギウギ』ネタバレ|モデルと時代背景
NHK朝ドラ『ブギウギ』のモデル・笠置シヅ子さんは昭和20年代30年代と、まさしく『戦後の大スター』。
彼女のヒット曲「東京ブギウギ」や「買物ブギー」は、多くの人々に愛され、敗戦後の日本に明るさと希望をもたらしました。
当時日本は暗く厳しい時代でしたが、とりわけ音楽は人々の心を癒し、勇気を与えてくれる存在でした。
このドラマは、シヅ子さんの人生をモデルに、ヒロイン・鈴子の物語を通して、日本の復興期から高度経済成長期までを色鮮やかに映し出して行きます。
朝ドラ『ブギウギ』ネタバレ|キャストと役柄

父・柳葉敏郎/鈴子少女期・澤井梨丘/鈴子・趣里
NHK朝ドラ『ブギウギ』には、ヒロイン・趣里さん(花田鈴子役)をはじめ豪華なキャストが出演。
草彅剛さん、蒼井優さん、菊地凛子さん、水川あさみさん、柳葉敏郎さん、水上恒司さんなど、個性豊かな俳優陣が物語を彩ります。
ヒロイン役の趣里さんは、水谷豊さんと伊藤蘭さん(元キャンディーズ)を両親に持つ話題の女優さんですが、今回は2,471人のオーディションを経て選出されました。
その決定要因の一つが『歌唱力と踊り』でした。
伝説のスター・笠置シヅ子さんの役は、舞台でも映画・ドラマでも幾度となく登場してきました。
・研ナオコさん(1985)・順みつきさん(1987)・室井滋さん(1987)・清水ミチコさん(1989)・真琴つばささん(2006)・中納良恵さん(2016)・ももさん(2017)と、近年まで多くの方々が演じています。
今回の『ブギウギ』での趣里さんの鈴子役も、笠置シヅ子さんの演者として歴史に残ること間違いなしですね。
朝ドラ『ブギウギ』ネタバレ|モデルの笠置シヅ子さんとは
笠置シヅ子(かさぎ しづこ)さんは、大正3年(1914)8月25日生まれ、 享年・昭和60年(1985)3月30日の、日本の歌手で女優です。
本名は亀井静子(かめい しずこ)さん。
彼女は戦前から戦後にかけて活躍し、特に戦後は『スイングの女王』『ブギの女王』として大人気の歌手でした。
戦後の歌謡界では、郷愁を誘う曲を直立不動で歌う、まさに『歌い手』が大半だったため、シヅ子さんの躍動感ある楽曲と派手なダンスを取り入れた演出は大注目されました。
さらに、彼女の歌は近年まで度々カバーされ、日本の音楽界に大きな影響を与え続けています。
特に「東京ブギウギ」は、戦後の復興と共に当時を代表する歴史的一曲と言えるでしょう。
朝ドラ『ブギウギ』のモデル・笠置さんの生い立ちとデビュー
笠置シヅ子(本名・亀井静子)さんは、大正3年(1914)8月25日、四国の香川県大川郡相生村(現:東かがわ市)で誕生しました。

三谷陳平/実母・谷口鳴尾
しかし、シズ子の父・三谷陳平と母・谷口鳴尾(なるお)は正式に結婚を許された仲ではありませんでした。
そこで、母・鳴尾は乳飲み子の静子を抱え、ひと山超えた実家へと戻ります。
ところが、鳴尾は母乳の出が悪く、近所の女性・ウメさんから『もらい乳』をします。
ウメさんは、大阪から出産のために同村の実家に戻っていた亀井ウメでした。
事情を聴いたウメさんは、鳴尾をふびんに思い静子を『養女』として引き取ることにします。
ウメの夫・亀井音吉さんは当時大阪で米屋を営む人物でした。

シヅ子の養父母/亀井音吉・ウメ夫妻
一方、静子は17歳まで自身が『養女』だったことを知らされませんでした。
養母・ウメさんは、静子を自立した女性として生きていけるようにと、早くから『日本舞踊』や『三味線』などの習い事をさせていました。
やがて亀井家は米屋をやめ『銭湯』を始めます。
朝ドラ『ブギウギ』の初期の舞台は、この辺から描かれるようです。

4歳ころの静子
昭和2年(1927)、静子は小学校を卒業した後、『宝塚音楽歌劇学校』を受験します。
歌唱力と踊りの才能は合格点でしたが、小柄でやせていたことがネックとなり、厳しい宝塚生活に向かないと判断され『不合格』となりました。
しかし、同年(静子13歳)に『松竹楽劇部』の生徒養成所を知り、受験し見事合格します。

初舞台当時の三笠静子
そして、三笠静子(みかさ しずこ)の芸名で『日本八景おどり』の娘役として初舞台を踏みました。
その後、昭和8年(1933)には『秋の踊り・女名神』に出演し、翌昭和9年(静子20歳)には日本コロムビアから『恋のステップ』でレコードデビューを果たしヒットさせました。
昭和10年(1935)大正天皇の第四子・崇仁親王(たかひとしんのう)が成人され『三笠宮(みかさのみや)』の宮号を賜ったことを機に、会社の配慮から三笠静子(21歳)は『笠置シズ子』へと改名させられました。

昭和7年(1932)18歳ころの静子
当時『日本コロムビア』には、2020年度前期放送の朝ドラ『エール』の舞台にもなった古関裕而さんや古賀政男さんも在籍していました。
古関 裕而さんは、昭和5年(1930)9月、コロムビアの顧問山田耕筰氏の推薦でコロムビア専属の作曲家に迎え入れられました。
昭和9年(1934)、古関さんが25歳の頃「利根の舟唄」が自身初のヒット曲となり、ようやく作曲家として認められました。
翌年・昭和10年には「船頭可愛や」が26万枚を売り上げる大ヒットを記録、売れっ子作曲家となる頃でした。
古賀政男さんは、昭和6年(1931)コロムビア専属となりました。『酒は涙か溜息か』『丘を越えて』『影を慕いて』等、多くのヒット曲を世に出しました。
この辺の二人のエピソードは『エール』の中でも象徴的に描かれていましたが、残念ながら笠置シヅ子さんのエピソードは紹介されていませんでしたね。
朝ドラ『ブギウギ』のモデル・笠置さんの戦前から戦後

当時の服部良一と笠置シズ子
昭和13年(1938)シズ子24歳の時、帝国劇場で旗揚げされた「松竹楽劇団」(SGD)に参加し、作曲家・服部良一さんと出会います。
その後、シズ子は服部とのコンビで『ジャズ歌手』としてデビューします。
しかし、当時の日本は日中戦争が勃発し、戦時色の濃くなる時代でした。
そのため、「贅沢は敵だ」という雰囲気が蔓延していて、シズ子の長いつけまつげや派手な化粧で歌う身振りが、当局の目に留まるようになりました。
そして、昭和14年(1939)に、ついにシズ子は劇場への出演が禁じられることになります。
シズ子はその後、『笠置シズ子とその楽団』として各地で慰問活動などを行いました。
一方で、シズ子は映画『弥次喜多大陸道中』(1939年・公開)に出演を果たします。
当時、吉本興業が浅草六区に『浅草花月劇場』をオープンさせ、そこで活躍する「あきれたぼういず」の坊屋三郎や益田喜頓とその映画で共演します。
この姿を見た作曲家・服部良一さんは、彼女をコロムビア専属として迎え入れ、「ラッパと娘」「ホットチャイナ」などの楽曲をリリースしました。
戦時色の濃くなる昭和16年(1941)スズ子27歳の時。
熱く踊り歌うシズ子のステージが再び当局の目に留まり、マイク周辺の90cm以内でしか動くことが許されないという珍事に発展します。
第二次世界大戦によって日本が戦争一色に染まる中、シズ子をはじめとする歌手たちは活躍の場を失って行きました。
昭和20年(1945)8月終戦。31歳のシズ子は11月に再開場した『日本劇場(日劇)』のショーに出演し息を吹き返します。
一方私生活では、吉本興業の創業者・吉本せいの息子・吉本穎右(えいすけ)と知り合って交際に発展、妊娠しましたが、せいは二人の結婚を認めませんでした。(穎佑はシズ子の9歳年下)

吉本穎右(よしもと えいすけ)
やがて穎右は昭和22年(1947)5月・23歳の若さで急逝してしまいます。
シズ子は、穎右(えいすけ)の死から数日後に女児を出産しました。
名前は、穎右(えいすけ)の遺言から『エイ子』と名付けられます。
この時、シズ子は引退を考えたものの、服部良一さんや喜劇役者・榎本健一さん達の励ましもあって、芸能活動を続けることを決意します。

笠置シズ子と娘・エイ子
乳飲み子を抱えて舞台に立つその姿は、当時「夜の女性」や「未婚の母」たちに深い共感を与え、シズ子の後援会は多くの同じ立場の女性たちから支持を受けていました。
昭和22年(1947)・シズ子33歳の時「踊る漫画祭り・浦島再び龍宮へ行く」で、服部良一作曲の「東京ブギウギ」を歌ったところ、27万枚のレコード売り上げと共に空前の大ヒット曲となりました。
以後、『東京ブギウギ』のレコードは売れ続け、昭和43年(1968)時点のデータで、累計70万枚も売れ続けた超ロングセラーのヒット曲として今でも評価されています。
その後も服部さんは、シズ子の曲のほとんどを手がけ、「大阪ブギウギ」「買物ブギー」といった一連の「ブギもの」をヒットさせ、シズ子は『ブギの女王』と呼ばれる存在となります。
*今は差別用語でも当時はバンバン使い放題歌い放題!
以降、美空ひばりさんが登場するまで、彼女は芸能界のスーパースターとして君臨しました。
デビュー当時のひばりさんは、シズ子のものまねから有名になった背景があります。
ところが、シズ子のマネージャーだった男が、自身の借金のためにシズ子がハワイで公演することをひばりさんのマネージャーに密告します。
そして、シズ子よりも先にひばりさんがハワイ公演を果たしたことで、シズ子本人が「美空ひばりの持ち歌を歌っている人」と、現地で誤解を招いてしまいました。
これ以降、ひばりさんには「シズ子のブギを歌わせない」という展開になってしまいます。
このいきさつには、当の本人たちはまったく知る由もなく、いわゆる業界の大人たちの駆け引きに巻き込まれたというのが真相のようです。
また、シズ子は当時の歌手たちとは異なり、歌だけに固執せずに、派手なアクションと大阪仕込みのサービス精神でステージを盛り上げる、当時としては非常に斬新なスタイルで人気を博していました。
「ヘイヘイブギ」では、シズ子が「ヘーイ・ヘイ」と客席に歌いかけると、観客も一緒に歌い、文字通り観客と出演者が一体となるパフォーマンスを繰り広げました。
昭和23年(1948)シズ子34歳の時に公開された黒澤明監督の映画『酔いどれ天使』では、キャバレーの歌手役を演じ、たったワンシーンの出演ながら、観客に強烈な印象を残しました。
また、シズ子がその時に歌った劇中歌「ジャングル・ブギー」は、黒澤監督自身が作詞したものでした。
*動画初頭は酔った三船敏郎さん、58秒ころから笠置さん強烈に登場!
そして昭和24年(1949)シズ子35歳の時には、人気女優・高峰秀子さんとの共演で、シズ子にとって代表作となった「銀座カンカン娘」に出演し話題をさらいます。

笠置シズ子さんと高峰秀子さん
同時に、服部と共にハワイやアメリカ本土でも海外公演を行いました。
この時期が頂点であり、その後は美空ひばりや江利チエミなどの若手歌手に人気を奪われ、ヒット曲に恵まれなくなってきます。
しかし、映画やステージ出演は依然として多く、昭和28年(1953)にはテレビ放送が始まり、シズ子さんも積極的にテレビ出演し彼女の芸能活動は広がっていきました。
朝ドラ『ブギウギ』のモデル・笠置さんの歌手廃業から女優へ
昭和30年代に入るとブギの人気も下火となってきました。
そこで、シズ子さんは歌手を辞めることを宣言します。
その後、シズ子さんは『笠置 シヅ子』と改名し、心機一転・女優活動に専念します。
『笠置 シヅ子』として新たなスタートを切る際に、女優業への専念については、各テレビ局や映画会社、興行会社を訪れこのように宣言したそうです。
「私はこれから一人で娘を育てていかなければなりません。これまでの『スター・笠置シズ子』のギャラでは皆さんにご負担をかけてしまうので、どうか、ギャラを下げていただけないでしょうか」と、なんと出演料の値引きを申し出ました。
その後、シヅ子さんは得意の大阪弁を活かした軽妙な演技で多くの舞台や映画・テレビに出演しました。
さらに、昭和42年(1967)からはTBSテレビの人気番組「家族そろって歌合戦」の審査員、昭和46年(1971)からは『カネヨ石鹸』の台所用クレンザー「カネヨン」のCMのおばさんとしても親しまれました。
*動画後半の共演者はマッハ・文朱さん。
朝ドラ『ブギウギ』のモデル・笠置さんの最期
笠置さんは、1980年代(60歳代半ば)に入ると、体調を崩すことが増え、昭和60年(1985)3月30日に東京都杉並区の立正佼成会佼成病院で卵巣癌のため亡くなりました。
享年70歳でした。
病床で服部良一さんの伝記ドラマ『昭和ラプソディ』でシヅ子役を演じる研ナオコさんを見ながら、「日劇時代は楽しかったね・・・」とつぶやいたのが、彼女の最後の言葉だったと伝えられています。

研ナオコさん
墓所は東京都杉並区永福の築地本願寺和田堀廟所です。
さて、朝ドラ『ブギウギ』では、どの時代まで描かれるか、また、史実とドラマのシンクロはどう展開されるのか、今から楽しみで心ズキズキ・ワクワク~です。
朝ドラ『ブギウギ』ネタバレ|脚本家
脚本は、足立紳(あだち しん)さん、 櫻井剛(さくらい つよし)さんのお二人です。
足立紳さんは、1972年6月10日生まれ51歳。出身は鳥取県倉吉市です。

足立 紳さん
足立さんは「映画の仕事がしたい」と映画学校で学んだ後、『セーラー服と機関銃』(1981年)の監督・相米慎二(そうまい しんじ)氏に師事します。
しかし、なかなか思うような仕事のチャンスに恵まれませんでした。
定職もなく、アルバイトをしながらひたすら脚本を書く中、37歳の時、妻子のためにと『100円ショップ』で働きます。
ところが、そこでヒントを得た『百円の恋』という脚本が2012年に受賞を果たします。
以後、ドラマ・映画の脚本で次々と受賞することになります。
2016年からは、映画の監督、さらに小説家としても活躍する今注目の脚本家の一人です。

櫻井 剛さん
櫻井 剛さんは、1977年生まれ46歳。出身は茨城県日立市です。
脚本家、映画監督として高岡事務所に所属。
同事務所には、俳優・国広富之さん、徳井優さん、清水美沙さん(移籍)などが所属しています。
桜井さんは、専門学校『東京ビジュアルアーツ・映画演出専攻』を卒業。
2001年、24歳の時『青と白で水色』で日本テレビシナリオ登竜門大賞を受賞します。
以後、脚本家として活躍し続け『ONE PIECE』のテレビアニメの脚本を2007年から2009年まで担当し、また、映画の監督もするマルチな才能の方です。
このお二人のコンビが、どんな面白いお話に仕立ててくれるのか、楽しみですね~♪
『ブギウギ』ネタバレプラス画像であらすじや感想をお届け!|まとめ
朝ドラ『ブギウギ』(2023年後期・109作目)の放送前時点での予告・ネタバレ情報をお届けしました。
このドラマは、実在した歌手で『ブギの女王』と称された笠置シヅ子さんをモデルにしたオリジナルストーリーです。
主人公の花田鈴子(役:趣里さん)が大阪育ちの女性として、大正から昭和の時代にかけて歌と踊りに熱く向き合いながら人生を歩んでいく様子が描かれます。
朝ドラ『ブギウギ』は、戦後の社会や音楽界の変遷、女性の自立など、当時の時代背景や社会問題にも触れながら、主人公の成長や恋愛、夢へのチャレンジを描いています。
また、笠置シヅ子さんの歌声や楽曲も劇中で活かされる予定です。
是非とも注目して、その魅力を堪能してください。